世界の偉人についてのブログ

偉人に関する話題を取り上げていきます!!!

小春日和

こんにちは。最近は寒くなってきて暑い夏より晴れた日が好きになり良いですね。

夏の潔いカラっとした日差しも好きですが、秋や冬のたまに見る穏やかな晴れ間にありがたさを感じて出不精な私もちょっと近くの公園を散歩しようかなという気になります。

寒くて晴れた日の外は不思議と家の中にいるよりも周りの喧騒を遠く聞こえさせます。

平日の昼間だったので小学生などはいませんでしたが赤ん坊をつれた主婦の方や老夫婦の方々などがいらっしゃって座っているだけでとても和やかに過ごすことができました。

冬の晴れ間は貴重ですからね、皆さんもそんな日は是非外に出てみてはいかがでしょうか?

家の中で寝ているよりも案外疲れが取れるかもしれませんよ。

さて、いかにも小説家っぽいというような文章はこれくらいにして…偉人大好きな私はまた色々な偉人の名言に心打たれている訳ですが、名前は有名な方でもその人が言った名言などは以外と知らない方が多いのではないでしょうか。

皆さんアーネスト・ヘミングウェイはご存知でしょうか。

名前くらいは聞いたことあるという方がいらっしゃると思います。

ノーベル文学賞を受賞しているアメリカの小説家です。

最近はこの方の名言がとても心に刺さるのです。

その中に「善とは何か。後味の良いことだ。悪とは何か。後味の悪いことだ。」

という言葉があります。

善とは何か悪とは何かということをシンプルに表わしていてとても好きな言葉です。

ちなみにこちらから色々な名言が見ることができます。

http://iyashitour.com/archives/23677/2

そういえば私が気にしている出光のお家騒動。

経営側の勝手で創業側が起こって実力行使にでて友好関係を解消しているそうです。

元はといえば合併の話を経営側が創業側に相談なしに進めていたことが原因なんですよね。

それから株の割合を下げるために増資するという強行にでてそれまで話し合いに応じていた創業側も怒ってしまったとのこと。

このお家騒動は収束がついてどっちに転がっても後味が悪そうですね。

古今東西の偉人たちで性格分析

古今東西の偉人たちの行動や手段を通じて、性格を分析することもできると考えています。実際には単純な作業ではありませんが、長く時間をかけても調べてみたくなるような面白さがあるため、大人の趣味としても最適ではないでしょうか。

共和政ローマ時代の偉人では、キケロカエサルの2人に注目しています。2人の性格は全く違うもので、歴史家たちの評価も大きく分かれているようです。簡単に言えば、カエサルは理性的な政治家であると考えています。彼は軍人であると同時に、ガリア戦記という著名な文学作品を残しており、現在でもラテン語を愛好する人たちから高く評価されています。キケロの場合には、理想主義的な哲学者ではないかと思われ、政治家としてはカエサルに劣ると考えざるを得ません。キケロのほうが感情の起伏が激しいと考えられるのは、激烈な言辞が並ぶ弾劾演説を見れば分かることで、カエサルの単純明快な散文と比較しても、性格の違いが明瞭に分かるのです。

日本の戦国時代では、織田信長をはじめとする三英傑の性格を分析することが好きです。織田信長は苛烈な所業で有名ですから、相当に短気な性格ではないかと考えられる向きがありますが、実際には違うと思っています。確かに残酷なことも行っていますが、楽市楽座を開設したり、南蛮と積極的に関わるなどの政策を実行しています。政治家としては優れているのは確かですから、短気な部分があっても評価を下げる原因にはならないはずです。

徳川家康の場合には、忍耐強い性格であることはすぐに分かります。これは、青年時代までは今川家の人質になっていたためで、天下を取ってからも人質時代の辛い経験を活かして、慎重に政策を実行していました。豊臣秀吉の場合には、豪快で明るい性格を連想することができます。処世術に長けていることは、織田信長に気に入られていたことからも明らかです。

戦後の偉人の例では、元首相の田中角栄を外すことはできません。昭和22年に初当選してからは連続16回の当選を果たし、今太閤や闇将軍の異名を取った政治家です。織田信長と比較されることがありますが、実際には徳川家康豊臣秀吉の要素も持っている政治家です。豪快な政治家だと思われがちですが、実際には大変な努力家で、六法全書を丸暗記するほどに繊細な性格でした。自身は戦前の高等小学校卒業でありながらも、大蔵省などの官僚からも支持されるほどの能力を持っていたのですから、本当にすごい政治家だったと思います。

どんな力が必要か?

皆さんこんにちは。

少し前の話ですが、とある会社の人事部に勤めている方とご飯に行ってきました。その時に就活に必要な事は何だと思う?と質問されました。

僕は迷わず、自分の事を如何にアピール出来るかが一番大切だと思います。と答えました。

するとその方にそこがずれてるんだよ。と一蹴されてしまいました。

君のアピール力なんか問題じゃあない、必要なのは情報力だよ。アピールなんか会社に入ってからすればいい。まずはその会社がどんな人間が必要で、どんな人間は不必要なのか知ることだ。そう言われ凄く納得しました。

それからというもの色々な会社の事を調べてみました。

例えば、大手企業でも会社によって学歴が関係ないところもあれば学歴至上主義で有名大学出身でないと出世は見込めないとか。どこの企業はブラックでどこの企業がホワイトだとか。最近ではブラウン企業なんていうのもあるそうです。

こうして色々調べていたところ、たまたま出光興産のお家騒動にいきつきました。

このお家騒動どんな事かというと、出光興産と昭和シェルの合併を進める経営陣に対して創業者側が反対している事で対立が深まっているという出来事です。

創業者側が反対する理由はもちろん色々あるようですが、その反対理由の中でも特に僕が共感したのは社風が変わってしまうという理由です。

全く別の会社が一つの会社になるわけですから、社内の雰囲気はどうなるかわかりませんよね。働きやすい職場だと思っていた人が、新しい職場の雰囲気が嫌で辞めてしまうという事もあると思うんです。しかもこのお家騒動に対して経営陣がとった対応が凄いんです。

それは公募増資です。公募増資というのは新たに株式を発行し株の比率を薄め、創業者側から意見を言う権利を奪ってしまおうとする事です。このやり方は酷いですよね。汚いというかなんというか。とにかく早く事態が収束する事を願っております。

企業について調べていると色々な事が知れていいなと思った今日この頃です。

偉人たちの苦労は世界共通

ドラマ化されたり、映画化されたり、とかく国や人種を問わず、ひとびとは偉人の話が好きです。
日本でも、日本人の偉人から、世界の大物まで、本が出れば平積みになり、ベストセラーになることも、めずらしくありません。
日本であつかわれる偉人ものは、大きくふたつに分けることが出来ます。ひとつは、戦国時代および幕末もの。龍馬や新撰組など、幕末ものの人気は、いつも一定数あり、衰えません。
ですから、手を変え品を変え映画化などもされるわけですが、人気を確実に得ているのは、織田信長と、坂本龍馬になります。
この二人は、もちろん合いまみえてはいませんが、共通の際立った特徴があります。それは、その時代きってのカブキモノということです。
カブキモノとは、歌舞伎の語源である、派手なやつ、尋常でないやつ、ということです。常軌をいっしたことを平気でやってみせ、人びとを驚かせる、そういう気質の人物だったということが、共通点です。
歴史に残る偉業を成し遂げるだけでなく、ほかの人物より好まれ、愛され続ける偉人は、愛嬌があり、おのれの欠点をも隠さず魅力としてアピールしてしまう性格の人が多いです。
外国の動物を積極的に入れて、人々に象を見せてみた織田信長といい、誰もはかなったブーツを一番はじめにはいてファッションリーダーにもなった坂本龍馬、彼らは、既成概念にとらわれず、人から何を言われても気にしないで、人生をおおいに楽しんだと言えるでしょう。
二つ目は、世界の偉人ものです。アインシュタインや、ホーキング博士、最近で言えば、スティーブ・ジョブズや、マイク・ザッカーバーグ、投資家のウォーレン・バフェットなどです。
皆さんが毎日のように使うAmazonの創設者、ジェフ・ベゾズも、年々人気が出ており、その波瀾の人生に興味を持ったり、影響されるひとも、増えてきています。
彼らは、成し遂げることのスケールが地球規模なわけですが、何がしかの障害がある人が多いのが特徴ともいえます。例えば、ホーキング博士は難病におかされていますし、スティーブ・ジョブズは、シリアからアメリカにわたった、いわゆる難民の二世にあたり、苦労人です。
Amazonのジェフ・ベゾズも、親が学生結婚の上すぐに離婚し、二人目の父親の姓がベゾズで、一人目の父親はどうしようもない男で早死にしたという経緯があります。
偉人と言われる人たちの人生は平坦ではなく、並みの人物より苦労をしていたり、大きな賭けに出て失敗も成功もしているという点は、世界共通のようです。

偉人には迷惑な人が多い

古今東西、偉人は多くいましたが、素晴らしい名作を作り続ける芸術家が、近隣では大迷惑な人で、関わり合いになりたくない人のということは歴史上、多くありました。例えば、次々と名作を生み出し続けた文豪、太宰治は、作品の中で、人情と友情の切なさ、生きることの素晴らしさについて語りながら、本人は何度も芸者と心中未遂を繰り返し、中には太宰だけが生き残って相手の女性だけが死んでしまったという事案もありました。

まさにこれは近くにいると迷惑な人なのでしょうが、美青年である彼はきっと情熱的な愛の言葉を多くの女性たちに投げかけていたのではないでしょうか。意外なことに作曲家や作家の数多くがアルコール依存症で、泥酔しながら作品を書いていました。ベートーベンは酔って路上をふらついていたのをよく見られていましたし、ヘミングウェイ、リスト、ブラームスも酔っ払いでした。シューベルトは公的な晩餐会で泥酔してみっともない姿を度々目撃されています。また、シューマンに至っては、カーニバルの時に酔って宿屋の女主人のスカートの中に手を突っ込んでいました。

最近有名になった、発達障害という概念がありますが、これは、古くはエジソンが注意欠陥多動障害ということで、落ち着きが全くなく、1時間の間に5分ほどの落ち着いた時間があれば良かったそうで、勉強を教えた母親は大変な苦労をしたそうです。後に偉人となったエジソンは、次から次へと発明を繰り返したのはこの障害があったからかも知れません。

コンピュータ技術者で偉人と言われ、次々と最新のテクノロジーを生み出し続けている人々の中にも発達障害の人は多いと言われています。彼らは全く俗世間のことは気にせず、自分が好きなエンジニアリングとテクノロジーのことについてだけは天才的な知識はありますが、日常生活の能力は、からきし駄目な人が多いのです。

シナリオライターや戯曲家、最近の作家、作曲家、歌手などのアーティストにも近くにいたら大迷惑という人は多いようです。アルコール、薬物依存、刑法犯罪者、遠くの偉人としては感心はするのですが、近い関係だったら大迷惑でしょう。

考えてみれば、私たち凡人は、凡人なりに生活していき、世間に迷惑をかけることなく訥々と生活していけばよく、近くにいる人々が偉人の必要性はありません。ごく普通の生活をして、ごく普通の人たちと交流しながら生活をしていくというのはつまらないようですが、ある意味尊いことです。

江戸時代の偉人たち

江戸時代は約260年間にわたって続いたこともあり、幕末まで多くの偉人たちを生み出してきました。島原の乱などの戦乱も一部にありましたが、基本的には平和であったため、多くの文化が花開くことになります。

最初には、江戸幕府の初代将軍となる徳川家康を紹介しなければなりません。三河岡崎城で生まれてからは、今川家の人質として活動し、忍耐を重ねて出生街道を突き進んだ武将です。最終的には豊臣家を滅ぼして、太田道灌が築いた江戸城を拡張して江戸幕府の繁栄の基礎を作りました。鷹狩りや漢方にも造詣が深いため、多趣味な偉人としても有名です。

江戸時代のご意見番としては、大久保彦左衛門と徳川光圀が代表的となります。大久保彦左衛門は三河時代からの老臣として知られ、晩年には三河物語を著しています。有名な逸話は創作が多いのですが、質素倹約を基本にした食生活を実践し、当時としては驚異的な長生きをしたことは事実です。徳川光圀水戸黄門として名高く、日本で最初にラーメンを食べた偉人としても知られています。実際には水戸と江戸を行き来することが多く、時代劇のような諸国漫遊は創作だったのですが、大日本史の編纂に関わっているため、博学なお殿様であったことは確かなようです。

江戸時代の学者では、養生訓を著した貝原益軒は特別な存在です。養生訓は現在の健康バイブルのようなもので、長生きするための心得が分かりやすい言葉で書かれています。さらには、漢方に関する逸話も多く紹介されていることも特色です。食事に関する項目には、現代人にとっても参考になる部分が多いです。食べ過ぎや栄養の偏りが気になるときには、養生訓を読み直すだけでも気分が違ってきます。

江戸時代の土木技術者では、関東郡代伊奈忠次が代表的です。徳川家康の時代から活躍した武将で、関東流の土木技術の使い手でもありました。江戸は利根川や荒川などが流れ込む場所で、下町低地は湿地帯になっていました。そのままの状態では庶民が快適に暮らすことができませんから、徳川家康利根川東遷を行うことを決意して、伊奈忠次が工事の陣頭指揮を行うことになったのです。伊奈忠次の尽力によって、江戸湾に流れていた利根川は銚子方面へと流れを変えて、江戸で都市開発を行うための基礎が完成しました。伊奈忠次が始めた工事は子孫へと受け継がれ、見沼代用水の開削も行われたことから、当時世界一の人口を誇った江戸の台所を支える穀倉地帯が形成されています。

好きな日本の偉人

何気ない雑談で「好きな日本の偉人」について話題になる事ってありますよね。
その場合大抵の人が戦国時代の武将や幕末の侍たちを挙げますが、実はそれ以外の時代にも魅力的な偉人はたくさんいます。その辺りをメインに私が好きな日本の偉人をまとめ、語っていくのが今回のテーマです。

まず好きな日本の偉人を挙げるなら絶対「佐々木道誉」は絶対に外せません。
聞きなれない人が多いかもしれませんが、それもそのはず。佐々木道誉鎌倉時代の末期から室町時代の初めに活躍した武将です。この辺りの時代は源平が終わって後は戦国時代に突入するまでの時代なので影が薄い印象がありますが、そんな事はありません。力が強まったばかりに傲慢になっていく鎌倉幕府を打倒するために立ち上がった武将たちと後醍醐天皇、倒幕後の対立、そして日本に天皇が同時に2人おられるというイレギュラーなど歴史の醍醐味が満載です。是非大河ドラマになってほしいですが、南朝北朝の問題はデリケートなので無理だというのは知っています。悲しい。

そんな時代に生まれた佐々木道誉は変わり者の策略家です。
自分の家を守るために勢力の立ち位置を巧みに変えたりしますが、戦火に巻き込まれる京都を去る直前に自分の屋敷を正月飾りをしていくという粋で派手な行動はいつしか「バサラ大名」と呼ばれるほどになりました。晩年は力を失い、寂しいものですが魅力的な偉人である事に違いはありません。

粋と言えば「十返舎一九」も好きな偉人のうちでは粋な男というイメージがあります。
弥次さんと喜多さんが登場する物語「東海道中膝栗毛」の作者として有名な十返舎一九は江戸時代の後期に誕生しました。元々は武家の人間で、幼い頃は武士になる道を進んでいましたが、大阪に行ってからはその道を止めて浄瑠璃作者となったそうです。その後江戸に戻った一九は本格的に戯作を作るようになり、山東京伝曲亭馬琴に並ぶ大物になりました。

彼を語るうえで欠かせないエピソードは死後です。
一九は「死後、遺体は火葬にしてほしい」と遺言を残していました。江戸時代は土葬が主で、火葬は珍しい時代です。皆は首を傾げますが、遺体が火葬されてようやく一九が火葬を選んだ理由は分かりました。何と一九はあらかじめ懐に花火を入れ、その花火が添加して派手に上がったのです。一九らしいエピソードですが、実はこの話は初代林屋正蔵による創作であるとされています。

あとは「説教強盗」の妻木松吉やカップヌードルの生みの親である安藤百福さんなど日本にはまだ魅力的な偉人たちがあふれています。